山鹿灯籠

1.日本神話に伝わる松明が起源

遥か昔、景行天皇が菊池川をのぼり山鹿へ上陸されようとした際、深い霧が立ちこめ、天皇の行く手を阻みました。その時、住民が霧の中を立ち往生する景行天皇達に松明を灯して道案内をした故事から、大宮神社へ灯籠を奉納するようになりました。それが室町時代ごろから紙で出来た灯籠を奉納するようになり、以来8月15日、16日に各町内から灯籠を奉納する山鹿灯籠まつりが行われるようになったそうです。

2.山鹿灯籠は頭に乗せるもの?

室町時代から伝わる山鹿灯籠は、金灯籠に始まり、神殿造り、座敷造り、城造りなど様々な様式のものが作られてきました。山鹿灯籠とは頭にのせる金灯籠だけではありません。特に毎年作られる奉納灯籠は大きいもので1m以上あります。この奉納灯籠は大宮神社・燈籠殿で常時見ることができます。

3.よへほ節とは?

主は山鹿の骨なし灯籠  よへほよへほ
    骨もなけれど肉もなし  よへほよへほ

8月15日16日の山鹿灯籠まつりで「よへほ節」の調べにのって、金灯籠を頭にのせた浴衣姿の女性達が幻想的な踊りを舞います。もともとあった唄ですが、昭和8年に野口雨情に歌詞の改作を依頼しお座敷唄として有名になった唄です。

4.匠の技、灯籠師

山鹿では灯籠製作者のことを 「灯籠師」と呼びます。この灯籠師は高等な技術と熟練を要し、一人前になるには十数年の期間が必要です。現在、8月の灯籠まつりに奉納される灯籠は約30基。灯籠師たちは 4月の大宮神社の製作開始祭でおはらいを受けて身を清め、灯籠まつりに向け製作を開始します。現在は、6名の灯籠師と3名の灯籠師見習いが伝統を守っています。昔は女人禁制の時代もありましたが今では女性灯籠師も登場し、繊細な感覚を生かした灯籠づくりにはげんでいます。

5.山鹿で和紙の謎

山鹿灯籠で使われる和紙は「灯籠紙」と呼ばれる特別に漉かれた和紙です。山鹿は和紙の原料である楮(こうぞ)と呼ばれる低木が多く自生し、紙漉きに必要な良質な水があったことから、和紙を作る上ではぴったりの場所でした。また加藤清正が朝鮮より紙漉き職人を連れてきて住まわせたり、細川忠利が和紙生産を奨励したりしたことなども、この地方で和紙生産が盛んになった理由ともされています。
他にも、和紙を使った山鹿傘(和傘)や山鹿市来民の「渋うちわ」も工芸品として有名です。