平田オリザ 行定 勲 中原丈雄 米村亮太郎 佐藤健 高良健吾
平田オリザさん
文化・芸術により東北の復興に関わり続けている劇作家・演出家の平田オリザさん。熊本では、高校生演劇祭の審査員長も務めている。今回は、益城町の未来トークのため来熊。

熊本地震の一報を聞いたとき、どう感じられましたか?

熊本には昨年の3月末に高校演劇のコンクールで来ていて、その2週間後ぐらいに地震が起きたので、第一報を聞いたときは本当にびっくりしました。今回、益城町を回らせてもらったのですが、「まだこんなに!」と、思っていたよりも被害が大きかったことに気づかされました。あとやっぱり東日本大震災は今でも東京で報道されるのですが、熊本地震についての報道は少なくなってしまっているので、あらためて東京との温度差を感じました。

今回の益城での公演では、どんなことを伝えたいと思っていますか?

私自身、東日本大震災の復興では、被災3県それぞれいろんな形でお手伝いをしてきましたので、まずはそういうところからお話をしながら、少しでももう一回どういう町に復旧していくのかというヒントになるような話や、文化や芸術がそういうときにどういう役割を果たせるかということを話したいと思っています。

復興をする上で重要視すべきことは?

まちづくりとか復興とかももちろん大事なんですけど、やっぱり根本は「人」だと思います。それには10年、20年かけて人を作っていかなければいけなくて長期戦になるんですけど、でも震災をバネにもう一度リセットして、長期的な視野に立って、地域を担える人材を育成しようと切り替えることが出来るかどうかが重要になると思います。 岩手大の教授が、「10代で東日本大震災を体験した子たちは、ものすごく深く、人間とか地域について考えている。これまでの学生とは本当に目に見えて人が違う。だからこの子たちは宝。この宝を岩手のために活かせなかったら、私たちは教育者として失格だ」とおっしゃっていました。そういうことなんだと思います。震災でいいことなんて何もない。ただ、人間においては「経験をした」というベースの上に、教育の力で地域を支える人材を育成していくことが出来ると思いますし、それが大人の責任のように感じます。だからこそ、教育と文化の予算を増やして、人づくりに充てるぐらいの大きな発想の転換が必要になってくると思います。

熊本のみなさんへメッセージをお願いします。

熊本は本当に食べ物も美味しくて、毎年来るのを楽しみにしている場所です。元々元気な町ですし、あんなにアーケードが賑わっている町も珍しく、本当にすごいと思っています。僕が言うまでもなく、元気だとは思いますけど、さらに元気を増して頑張ってもらいたいと思います。

行定 勲
行定 勲さん
熊本県出身。映画『うつくしいひと』作品完成直後に起こった熊本地震。震災前の美しい熊本を残した“熊本の映画”となった。
今回は『うつくしいひと サバ?』にて震災後の熊本を映し出している。
※本インタビューは4月7~9日に開催された『くまもと復興映画祭』以前に取らせていただきました。ご了承ください。

「うつくしいひと」の続編、「うつくしいひと サバ?」を撮るに至った経緯を教えてください。

前作『うつくしいひと』は地震後に全国でチャリティ上映をしていただきました。
熊本の観客の皆様からはスクリーンに映し出される地震前の熊本の風景に自分の記憶を重ね感動したとたくさんの歓びの声を寄せていただきました。改めて映画は記録するという特性があることを強く感じ、次は地震後の熊本を記録することを考えました。

この映画に込めた想いとは?

復興の途上に立った今の被災地熊本の風景を撮って残しておかないと未来を生きる熊本の人々に記憶されないと思いました。地震後の日常を当たり前に過ごす「うつくしいひと」の登場人物たちの物語を描くことで、復興する熊本の人たちの悲喜こもごもを描こうというアイディアが浮かびました。震源地である益城町を舞台に、その光景を残しておきたいと。益城町、阿蘇神社、阿蘇大橋、熊本城、その傷ついた土地を鎮魂するような気持ちで映画を作りました。

撮影の際に印象に残ったことや、あらためて感じたこと、エピソードなどを教えてください。

益城町の町長にこの映画の取材を兼ねてご挨拶に行ったときに聞いた言葉は忘れられません。益城町に生きる人たちの言葉を聞きました。長年、益城町で生きてきたお年寄りは「長年過ごした家がなくなり、今は仮設住宅に住んでいる。そんな俺たちの絶望を誰もわからんだろ?」という言葉は僕の心に突き刺さりました。改めて地震の爪痕の深さを知り、頑張ろうというエールを送っていても救済できない悲しみもあるということを。しかし、私は映画を通してエールを送りたいと思いました。
私は映画監督として、地震後の熊本人が口にした言葉を集めてこの映画に描くことで未来に生きる人々に復興している姿やその心情が記憶されることをしなければなりませんでした。

「くまもと復興映画祭 Powered by 菊池映画祭」ではディレクターに就任されていますが、この映画祭への想い、そしてどういう映画祭にしたいですか?

私は菊池映画祭をディレクターとして手掛けて、三年目になります。昨年の映画祭に大西一史熊本市長がいらっしゃってくれ、良い評価をしてくださった。地震が起こった直後、大西市長とはこの傷ついた熊本に映画の力でエールを送ってほしいという話をいただきました。そのときから、次は「くまもと復興映画祭」だと思っていました。地震から一年、たくさんの人たちがどん底から立ち上がっている。そこに熊本に元気を与えたいという想いを寄せてくれている日本を代表する俳優たちが集まってくれました。妻夫木聡の特集上映、熊本出身の高良健吾の特別企画、そして熊本地震のボランティアで個人的に何度も足を運んでくれた佐藤健が映画の力を皆様に与えてくれると思います。そして、私の監督作くまもと映画「うつくしいひと サバ?」のプレミア上映を熊本城の二の丸広場で無料野外上映をします。映画祭ゲストの舞台挨拶を予定しています。
映画の力を信じて三日間楽しめる精一杯楽しい観客の皆様が楽しんでいただける映画祭を目指します!

「うつくしいひと サバ?」、そして「くまもと復興映画祭 Powered by 菊池映画祭」を通して、熊本の方々、或いは日本全国の方々に何を感じ取ってもらいたいですか?

熊本地震から一年。熊本の人々は同じ大変な経験をして、今、同じ気持ちで復興に向かっていると思います。表面的には復活しているように見えますがまだまだ水面下では立ち直れない人たちもたくさんいると思います。復興の途上に立つ人たちの姿は後世に残すべきだと思っています。いつの日か創造的復興をとげたとき、我々が辿ったこの経験が未来に生きる人たちの糧になるような映画に「うつくしいひと サバ?」は完成したと思います。そして、映画祭もそんな想いが伝わっていく伝説に残るような感動的な映画祭にしたいです。

中原丈雄
中原丈雄さん
今作の『うつくしいひと サバ?』に出演した熊本県出身の中原丈雄さん。
都市部での活躍は言うまでもなく、地元に番組を持つなど今でも故郷熊本との縁が深い。

震災が起こってからの今作、出演に至る経緯、そしてどのように受け止めましたか?

行定さんとは今回で4作目になります。俳優としての喜び、行定さんとやるという喜びが物凄くあったんですけれども、テーマがね・・・テーマというよりも、震災の後に来て、熊本で撮るということに普通の作品を撮るという気持ちとはちょっと違うものがありますよね。
仮設に住む老人の役で、実際に住んでいる人がいる中で演じるっていうことの普段の芝居をするっていうのとは違いましたね。だから余計に、余計なこと考えないで集中してやれたという風に逆に思います。
時間もそうだし、とにかく真剣にやらないといけないという・・・気持ちがキュッとブレないような演技が出来たような気がします。

震災後の映画であり、益城で撮影した思いとは?

被災した人たちの代弁みたいなもんですからね。失礼があっちゃいけないようなこともある・・・そういうことを考えると芝居できないんですが、僕の役が被災した人たちの言葉を言わなければならない。この台詞は行定さんが実際仮設に行った時に被災された方から聞かされたことらしいですね。
実際、仮設の住宅に今回初めてお邪魔したんですが、そこで住んでる人たちの役だから、どんな感じなんだろうと思いましてね。部屋の中が空気が流れてないんですよね。なんだろうな?という驚きとここで過ごさなければならない人たちは大変だなぁというのと、自分がそうなんですからねぇ、自分の役として活かすようにはしたんですけれども・・・
あの中で人生を終える人だっている訳ですから、どうなるか分らない、ここで死ぬかもしれないということも思いながらの毎日でしょうからね。
これは、新聞やテレビで見る仮設の人たちの思いっていうのは、これは半端じゃないなって思いましたね。

地震の第一報を聞かれた時の印象はどうでしたか?

僕は14日(前震)まで熊本にいたんですよ。13日まで『味わいの刻(とき)』っていう番組を録って13日遅くまであちこち行って、14日の夕方の便で帰って東京着いたらえらい騒ぎになってて・・・驚くも何も、昨日歩いたのにそれがなくなってるっていう・・・
何年か前の東日本の震災の時は新宿でちょうど体験したんだけれどもそれよりも大きな揺れが襲ったという。
僕の父と母が建てた家が益城なんですよ。全壊したんですけどもね。まずは身内がどうなってるかの心配があったんですけれども・・・

くまもと復興映画祭のオープニングの熊本城の舞台に立った感想は?

益城でもそうだったんですけれども、みなさんが笑顔で笑われるんですよねぇ。これが驚きでうれしかったですよね。一年間の流れが、それだけ時間が経ったというのももちろんあるんでしょうが、人間て凄いなと思うのが、常に、絶対に悲しいけれども辛いけれども、このまんまじゃダメなんだっていう風に自分たちが身体がそうなっていくんですね。こうやって少しずつ、一年間という流れの中で前を向いて歩いていらっしゃるんだろうなと感じましたよ。
映画がこんなに温かく観てもらえて、うれしいですね。どこかをいじくれば悲しい所がいっぱいあるのも分かるんです。だから余計ねうれしいのと複雑な気持ちでしたね。

全国の熊本を支えて下さっている方々へメッセージ

誰も予想できなかった震災という中で、同じ共通の体験をみなさんがなさったということで熊本県がキュッとひとつになったという思いがあると思うんですよね。
いつどこで何が起こるか分らないですよね?なにかしらの貯え、日頃からの備えは大切だと思います。
何が起こるか分らないから、毎日をしっかり生きなきゃいけないんだろうと思います。

熊本出身者である意味、県外から支えている人たちの一人としてのメッセージ

熊本って本当大きな街だなって思う。いまになって思うんですよ。自信を持って出て行って欲しいと思います。 出る杭は打たれるけれども、出過ぎると打たれないんですよ。自信を持ってやりたい事を、諦めることなく、苦しいだろうけれどもこれから頑張る人たちは俳優もそうだし何でもそうだと思います。県外に出て仕事をする人たちは夢を持って歯を食いしばって頑張って貰いたいですね。僕がそうだったから。何十年も歯を食いしばって、今ようやくその頃のやつを取り戻してると思います。人間てね±0で良いんですよ、死ぬときに。もっともっと僕も頑張りますけどね。死ぬまで現役で表に出ていたいんので。だから決して諦めないで夢を、思っていれば繋がりますからね。

熊本の方々へメッセージ

一年ちょうど経ちましたね。二年経っても、三年経っても、この4月の14日という日をどこかに置いて、悲しみを辛さを持って、そしてキツイことですけども忘れようたって忘れられないことですからね。風化させないで、国も県もこれが新しい熊本になって行ったんだという、記憶の中に残していきたいですよね。非情ですが、忘れてはいけないと思います。
僕ら俳優が復興で一番に出来ることといえば演じたり、創ったりして、娯楽を、心の僅かな所の足しになればということです。これからもみなさんに笑ってもらって束の間の休息になればと思います。

米村亮太郎
米村亮太郎さん
行定勲監督作『うつくしいひと 』に出演した熊本県八代市出身の米村亮太郎さん。
前作に引き続き今作の『うつくしいひと サバ?』にも出演している。

震災前の前作と今作は震災が起こってから、出演に至る経緯、そしてどのように受け止めましたか?

震災直後に東京のテアトル新宿という所でチャリティ上映会をやらせていただいて、本当にその時はみんな悲愴な顔して・・・できる事があったらなんとかしようという強い気持ちがありました。
そうですね・・・映画をチャリティとして色んな所で上映させていただいていて、もうその時既に行定さんが「やらなければならない」と半ば使命のようなことをおっしゃっていました。
前作をご覧になっていただくと分るんですが、非常にポップで、自分なんか物凄くボンクラな、筋金入りのボンクラだったので、俺出て良いのかな?って、そんなシリアスなモノに・・・
でもまあやるからには本当に何ていうでしょう・・・重い十字架を背負ったような作品になるので、気合入れなきゃならないなと思いました。

同じキャラクターなんですが、今回はどのような所に意識して臨まれましたか?

なんか等身大の熊本の人間ていうのを表現できたらなぁというのがありました。例えば、親戚とか知り合いに一人いそうなおじさん・・・スゴイ鬱陶しいおじさんをイメージしました。
熊本の街、今日歩いてて思ったんですけど、男の人すごいおしゃれなんですよね・・・
熊本ではないんですが、でもそのおしゃれがちょっとイキ過ぎてる人たまに見掛けるじゃないですか?フルスウィングしちゃってる人・・・そんな感じをイメージしました。

撮影場所が被災の酷かった所、特に益城のシーンが印象的でしたが今回の撮影中に印象に残った事やエピソードはありますか?

震災の後に実家の八代と熊本市内は行ったんですが、益城の被害の一番酷かった所へは今回撮影で初めて行かせていただいたんですが、その瓦礫の中がクランクインだったんですよね・・・本当に、言葉失くしちゃいました。
早朝だったんですけど、そこで瓦礫の撤去作業をなさる方たちがまずそのお家に向かって手を合わせてから作業を始められるんですよ。
きっとお住まいになってた方が犠牲になられたんだろうな・・・というのが想像できて、普通のお仕事させていただく時と全然違って、本当に神妙な気持ちで臨ませていただきました。

くまもと復興映画祭について、地元熊本で開催された、そしてその場に自身が立つ、特に初日の熊本城の舞台に立ったことの感想は?

もう、めちゃくちゃうれしいですよ!
自分は、できが良くなかったので2年間浪人してたんですね。熊本駅前の代ゼミだったんですけど、受験勉強煮詰まると二の丸行って、高校生たちが運動したり、デートしたりしてるの眺めて、いいな・・・俺もあっち側に行きたいな・・・なんて思いながら過していたすごい思い出の場所だったので、ああいう風に出させていただけて本当に光栄でした。

3日間あった映画祭も本日が最終日。どのようなお気持ちですか?

いやぁ・・・終わんないで欲しいですね。一年中やってて欲しい!名残り惜しいですよね。
今後うつくしいひとも続編を重ねて20年30年・・・行定監督にはやっていただきたいですね!
アイツがどう老いていくのか?っていう・・・働いてないんですよね。心配ですよね・・・

全国の熊本を支えて下さっている方々へメッセージ

前作の『うつくしいひと 』でチャリティ上映やったことで日本全国各地のいろんな所を回らせていただいて本当にみなさん熊本のことを思ってくださって、すごく感激したんですね。
また、今回の作品なんですけど、もちろん熊本で傷ついている方へも観ていただきたいという気持ちがあるんですが、のみならず日本中の、世界中のいろんな所で災害だとか事故にあわれた方っていらっしゃると思うんです。
その傷ついた魂を救済するような大きなパワーを持った作品だと思うので、そういう人たちへの慰めにしていただけたらなと思います。ぜひ、観ていただきたい作品です。

熊本出身者で、県外から支えている人たちの一人としての気持ち、そして今後

『うつくしいひと 』を永くやりたい。というのと、熊本出身の映画に関わる人間としてこの映画祭がどんどん大きく育っていって欲しいなっていう思いですね。熊本県内でもまだ定着してない部分があるんですが、みなさんに愛される映画祭に育ってって欲しいなと思います。もし自分が力になれるのであれば微力ですが尽力しますので、ご支援をよろしくお願いします。

熊本の方々へメッセージ

熊本のみなさん、この一年間“がまだし”倒したと思うので・・・
早く安らげるようになって欲しいなと思います。
これからもしんどい状況って何らか続いていくと思うので、早くリラックスできる状況になることを祈っています。

佐藤 健
佐藤 健さん
熊本地震のボランティアで個人的に何度も足を運んでくれた佐藤健さん。今回もくまもと復興映画祭ゲストとして熊本のみなさんを応援してくれました。

地震から一年というタイミングで今回お越しになったところでの感想をお願いします。

僕が本を出させていただいた時に、いろいろ回らせてもらった時が8月くらいだったんですね。その時に大西熊本市長から色々な話を聞いた時、やっとみんな普通にご飯食べたりとか出来るようになった時期だと聞いて、今回、夜ご飯食べたりとかさせていただいたんですが、凄く街が活気、熱気に溢れていて、段々、徐々に日常が戻ってきたのかなぁと思いました。

2日間くまもと復興映画祭に参加しての率直な感想をお聞かせください。

想像以上でした。熊本の皆さんの地元への愛の大きさが・・・行定監督はじめなんですけれども、高良さんとかお会いした瞬間に、「いやぁ、ホントありがとね」って言われたんですね。結構、僕それが衝撃で、同じ俳優だから、同じスタンスだとどっか思ってたんですけど、熊本出身の高良さんからすると俳優である以前に熊本人なんだ俺は!というか、凄いその気持ちを感じて、それが衝撃で・・・誰しもがそういう場所があるわけじゃないと思うんですよね。やっぱり特別な場所なんだって思いました。今回のオープニングは1万人以上集まってくれたじゃないですか?それも普通じゃないと思うんですよ。やっぱりみんなが復興したい、誰かを支援したいという気持ちがあったからあんなにたくさんのお客さんが集まってくれたんだなと思います。そう意味で、映画祭に呼んでいただいて、より熊本のことが好きになりました。

熊本の見なしや仮設住宅にお住まいの方々へのメッセージをお願いします。

本当に想像することしか出来ないですし、自分の無力さ、凄く悔しい思いをしていたりするんですけれども、でも、気持ちはありますし、僕の周りの友達たち、東京に住んでいる人たちともよく話すんですけれども、みんな何かしたいという思いはあって、その方法が模索中で・・・僕はこうやって今回来る機会があって凄くうれしく思っているんですけど、みんな、皆さんのことを思っています。そのことだけは忘れないで下さい。

県外から支えている人たちの一人としての思い、メッセージをお願いします。

東京にいて、観光客が減っているという情報を聞きまして、こんな厳しい状況で良かれと思って行かない人たちも多いと思うんですが、正しい情報を伝えたいという思いがありました。今回、本を出すにあたって熊本の土地土地の人と話して知って欲しい、来ない理由がないと思いました。
みんな何かしたいという気持ちがあって、でも何ができるか分からなくて歯痒い気持ちをみんなしてるんですね。
この本を出すことの良いところは、買うことで支援ができる。その売上の一部を寄付させていただくことで何か自分にも出来ることがあるっていうことを伝えたいですし、観光に行くだけで熊本の皆さんはうれしいって話を聞いて、観光客が減ってしまった今だからこそどんどん来て欲しいし、という意味でもこの本が良いきっかけに熊本に足を運んでくれればうれしいと思います。

佐藤 健
「るろうにほん 熊本へ」 全210ページ 1,728円
熊本県内各地で出会った人々や伝統文化といった熊本の魅力を紹介。震災直後の熊本城や阿蘇神社の写真も収められています。
売上の一部は、熊本の地元自治体へ寄付されます。
高良健吾
高良健吾さん
熊本県出身。熊本市わくわく親善大使でもあり、熊本の魅力を発信し続けている。『うつくしいひと』『うつくしいひと サバ?』と出演。

くまもと映画祭が1回目から参加されていて今回3回目で感じることはありますか?

年々熱が上がっている気がするし、熊本の皆さんの映画祭に関しての慣れも感じる。それは凄い良いことだなと思います。馴染んでいくというか、楽しみ方を自分で見つけて楽しんでいる、これまではまだ戸惑っている感がありましたが、今年はそんな感じがしなかった。

『うつくしいひと サバ?』の撮影が決まった時はどんなお気持ちでしたか?

行定さんとは給水活動の時一緒に動いてたので、その時もう行定さんに言ってもらってたし、なんか映画にしなきゃって・・・これから書くって言ってた気もするし、だから自分もやるつもりでいました。震災前の景色を残すつもりで撮ってるわけではないですが結果的にそうなった。今回、震災で傷ついた熊本を撮る、いつも以上に違う気持ちになりました。お客さんに届け!響け!!取材中はそんな気持ちが大きくって、現場(撮影)中は目の前の人たちばかりになんですけどサバ?は現場の時からその心の、考える範囲が広かったです。

この映画祭をやってみて想像もしなかったや来てみて気付いたことなどはありますか?

まず、オープニングであれだけの人が集まったということです。あの景色は、ちょっと想像していなかった景色です。うれしかったですし、びっくりするくらい自分の思い出になりました。自分たちの後方から熊本城があって存在感があるなと・・・
今回『東京物語』がちょうど震災から一年経つときに何か響くものがあるなと思い選ばせていただいたんですが、
今回自分が復興映画祭で司会させていただいてティーチインにこんなに手が挙がるんだ、しかも『東京物語』の話があんなに出るとは驚きでした。うれしかったです。

全国の方へのメッセージ

熊本良い所なんで遊びに来てください。熊本をもっと知ってくれたらうれしいです。